無駄は必要!?

個人的に考える、「無駄」に関することをつらつらと書いていきます。

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無駄は必要!?

以前から僕は、「無駄は、実は必要なことなのではないか」という考えを持っていました。根拠はありません。でも、そんな気がしてならないのです。

工学の分野では必要な無駄な部分はあります。例えば、ブレーキなどの「遊び」が挙げられます。

遊び (工学)

工学における遊び(あそび)とは、機械や装置の操作を行う機構(ユーザーインターフェイス/マンマシンインタフェース)に設けられる、操作が実際の動作に影響しない範囲のこと。あるいは、接合部(→接合法)などに設けられた隙間や緩み。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

確かに、「遊び」の部分が無くても特に問題はありません。ブレーキはちゃんとかかります。しかし、もしもの時には一大事になります。もしもの時とは、例えば、くしゃみをしたときや力が不意に入ってしまう時です。そのため、「遊び」の部分は必要なのです。

また、建築の構造計算でも無駄な部分が存在します。それが「安全率」というものです。本当はもっとギリギリまで部材を小さくできますが、安全率を掛けることでわざと応力を大きくして部材を大きくします。不慮の事態に備えているのです。

 

これと同様に、人生においても必要な無駄があると僕は思います。そして、無駄がないと身体が崩壊し、体調を崩したり無気力に襲われるのだと考えます。中だるみはその一種だと推測します。

参考:ダラダラとはさよなら!中だるみを脱却した3つのきっかけ。

 

 

必要な無駄と不必要な無駄

だからと言って、全ての無駄が必要かといえばそうではありません。特に、スマホやネット依存は不必要な無駄だと思います。これにも根拠はありません。

参照:スマホ依存を克服する!

もしかしたら、本当は必要な無駄かもしれません。でも、感覚として不必要だと感じます。その証拠として、これらに時間を使われると相当な後悔をします。

逆に、必要な無駄は後悔をしません。例えば、旅行が挙げられます。旅行に行かなくても生きていけます。自分が住んでいる都道府県外に出たことが無い人もまれにいます。旅行が無駄であるという意見もあるでしょう。現実逃避だという意見も耳にします。

しかし、旅行は不必要な無駄なのかと言うと決してそうではありません。自分の本意で行った旅行であれば後悔など微塵もありません。落ち着いた、清々しい気持ちになれます。

このように、無駄には必要な無駄と不必要な無駄があることが伺えます。

まとめ

現在、生活の中から無駄を省こうと努力をしています。断捨離や効率を追求することはその一環です。

しかし、何が必要で何が不必要かを良く考えないといけないと思います。もし、必要な無駄まで省いてしまったら取り返しのつかないことになるかもしれません。

「急がば回れ」ということわざもあるほどなので、あながち間違ってはいないと思います。

ではでは。

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