「嫌われる勇気」が当てはまらない状況について。

今の悩み

現在、私には悩みがあります。

それは、自分と価値観の異なる人たちとの関わり方についてです。

こちらの記事でも書きましたが、私は研究室の同僚と価値観が合いません。

私は待たすのも待たされるのも嫌いです。

私にとって時間はお金よりも大事です。

だが、周りの人は平気で私の時間を奪ってきます。

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大掃除での話

先日、研究室の大掃除がありました。

しかし、みんな当たり前のように遅刻してきました。

ちゃんと開始時刻にいたのは、20数人中、私を含めたったの5人でした。

私は彼らのような時間を大事にしない人達とは一緒にいられません。

なるべく関わらずに生きていきたいです。

でも、このような時どういう対処をすればいいのかわかりません。

理想を言えば、13時に掃除が始まらなかった時点で帰りたかったです。

こんなくだらないことに時間を使わないで、もっと有意義な時間の使い方ができました。

でも、それをやってしまうと、これから研究室に通う時に気まずい思いをしてしまいます。

それはそれで苦痛です。

「嫌われる勇気」が必要なとき!?

今こそ「嫌われる勇気」が必要なのかもしれません。

私は心のどこかで、嫌われることへの恐れを抱いています。

その恐れを振り切り、自分のやりたいことに集中することが求められているのかもしれません。

私が持てる知識では、この結論が限界です。

確かに、「嫌われる勇気」は素晴らしい考えだと思います。

納得のいかない理由

でも、どうも今回のケースには当てはまらないような気がします。

理由は、気持ちが乗らないからです。

以前、私は「嫌われる勇気」を実行したことがあります。

その時は、周りに嫌われもしましたが、満足のいく結果を得ることができました。

その経験があるからこそ、「嫌われる勇気」の素晴らしさは理解しているつもりです。

それでも、今回のケースに「嫌われる勇気」は当てはめるべきではないと感じています。

恐らくですけど、得られるメリットよりも損失の方が大きくなるからだと思います。

「嫌われる勇気」は万能ではありません。

確かに、時間を奪われることは私にとって大きな苦痛です。

でも、それはほんの数時間の話です。

逆に、「嫌われる勇気」による周りからの冷たい視線の方が長くて大きな苦痛を生み出してしまいそうです。

それが私の中でネックになっているのだと思われます。

そうなってくると、「深く考えないこと」が今回の解決策なのかもしれません。

いまいちパッとしない策ですが、現状では一番納得のいく解答です。

今回の経験でわかったことは、「嫌われる勇気」は決して全ての状況に当てはまるわけではないということです。

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