「継ぎ接ぎのようなもの」が私のオリジナル

今回はこの記事に関して、思いついたことを書いていきます。

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意識だけ高い系

「意識だけ高い系」の特徴として、以下のようなことが紹介されています。

「意識だけ高い系」という言葉の解釈にもいろいろあるでしょうが、僕の見たところ、無駄な自己アピールなどを除くと、その第一の特徴は、本人に何の専門性もないこと。もうひとつは、専門性がないがゆえに自慢するものが「人脈」か「評価されない活動歴」「意味のない頑張り」程度しかないことです。意識だけが高く、そして高い意識を評価されない。

そこから出てくる情報には、その人が自分で考えたものが何ひとつありません。いろいろな知識を広く浅く持っているだけで、専門性も独自性も何もない。これでは、ただの「歩く事例集」です。

この文章を見て、私はギクッとしました。

「歩く事例集」というのが、正に私の特徴だからです。

私の意見は、基本的には誰かの受け売りです。

このブログの題材にもあるとおり、本等に書かれている成功法則を日常を通して検証していくのが私の生きがいです。

その根底にあるのは、いわゆる”オリジナル”というものはほとんど存在しないという考えです。

オリジナルは存在しない

そもそも、オリジナルってあるのでしょうか。

ただ本人が気が付いていないだけで、同じように考えている人は世の中にごまんといます。

むしろ、これだけの人間がいて、被らない方が難しいです。

そうなると、オリジナルとは”無知”ということになってしまいます。

自分の考えが唯一無二だと信じ込んでいるに過ぎません。

なので私はオリジナルを捨てました。

過去の偉人や先輩方の後をなぞって生きていくことに決めたのです。

そして、その偉人達の考えを組み合わせた「継ぎ接ぎのようなもの」が私のオリジナルとなるのです。

例えば、元NBA選手であり、スーパースターのコービーブライアントはまさにその特徴を持っています。

マイケルジョーダンのオフェンススキルと、スコッティピッペンのディフェンススキルを組み合わせたような選手でした。

それが、あのコービーというブランドを作ったのです。

コンパスとしての模倣

人生という大海原を旅する時に、コンパスが無いと進むことはできません。

特に、私みたいな若者は、まずは人生のコンパスとして過去の偉人から学ぶ必要があります。

自分独自の考え方を持つのはその後です。

どうして、ほとんどの人は自分のやり方(自分のやり方だと信じているだけ)で通用すると考えているのでしょうか。

もし通用するのであれば、過去に誰かが記録を残しているはずです。

記録が残っていないのは、そのやり方では誰も結果を残していないからです。

また、仮に運よく通用することがあったとしても、それは非常に効率が悪いです。

人生の時間は限られているので、なるべく早く進む必要があります。

普通であれば、まずは先輩方の軌跡を辿り、チェックポイントを通過し、地道に進めていくのが鉄則でしょう。

それが模倣というものです。

初期の段階で大きな賭けにでる必要はありません。

そして、誰も来たことがないようなところにたどり着いたら、そこで初めて自分の本当のオリジナルを発揮すればいいのです。

誰もいないような場所でそれを発揮したのであれば、それは完全に”オリジナル”なのです。

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